創建
大門町誌によると、天文3年(1534)に岡志摩守(おかしまのかみ)がこの地に勧請をした、とあります。
別の伝では、それより以前は以前の坪生村に上之坊はあって、開基は宥明僧都(ゆうみょうそうず)です。この方は高田若狭守(たかだわかさのかみ)の実弟で、元中9年(1392)から応永3年(1396)にかけて別所山に建立されたとあります。
しかし、天文7年(1538)にその大橋山城は落城しますが、それを待たず高田一族と上之坊の関係は絶たれてしまいます。
岡氏や枝広城、また大門に先に建立された真明寺との関係など今から500年前に移る時にはさまざまな争いがあったようです。上之坊はそのような乱世の武将にとって、一族の繁栄を祈る寺院でもあったようです